一日バスツアー





              
 夜になって、さぁて明日は何をしようか、とガイドブックと相談する。市内には慣れてきたし、ちょっと遠くにも行きたいな、という気になってきた。ウン、かなり気持ちが落ち着いてきたようだぞ。
     一日バスツアーに参加しよう。
 まずはJoy も薦めてくれた CotswoldsStratford-upon-Avon をやっつけよう。

 「Evan Evans (エヴァンエヴァンズ)」のツアーバス会社に電話で問い合わせた。始発のビクトリア・コーチ・ステイションへ朝8時までに行き、事務所でチケットを購入すればOKだ、と確認してあった。
 「カードでも支払えますが」
 「いいえ、キャッシュで」と
答える。
 今の私は現金オンリー。カード? そんなものもムカシ、持ってたなぁ。
 翌日。6時半に起き出し、身支度をして上がって行ったけど、Mercia はまだキチンにいない。寝室の前で、
 「Excuse me. Good morning」
 
 Mercia がガウンをはおって寝室から顔を出したので「出かけたいの。お願いね」と言うと、「OK。5分待って、すぐ行くから」と、人差し指を一本立てた。上がってきて大急ぎで、朝食。
 
 「今日は早いのね」
 「ええ、バスツアーに行こうと思ってるの」
 「どこへ?」
 「Stratford-upon-Avon へ」
 「どこのバス停?」
 「Victoria Coach Station です」
 「8時なの? あら、じゃ私が送っていってあげるわ。車で」
 「ええ? でも……」
 「いいのよ、待ってて」

 彼女はさっと着替えると、表の道路際に路上駐車してある車に乗り込んだ。
 
 「こんなに早くに出かけたいのなら、昨日言っといてくれればよかったわ。私は early bird だから、朝、早いのはちっとも苦にはならないから」
 「ハイ、わかりました。きょうのことも夕べ決めたので。すみません」
 「いいのよ。私はよく Colin をこうして朝、車に乗せて、駅まで送るの。彼は支度が遅くて、間に合わなくなることが多いの。だから気にしなくてもいいわ」


 

 ビクトリア駅へはおかげで、予定の30分も前に着いた。あちこちのバスツアーに行く人たちが、その場所を書いた旗の前に並んでいる。手続きをしてから教えられた旗の立っている場所に並んだら、前に一人女性がいた。私が走って行って(私は走るの大好き。おまけにせっかちなので、よく走る)、トンという感じで止まったので、その女性が振り返った。

 目が合ったらにっこり。私もにこ。

 目のとびきり大きな、60代だろうと思われる女性。薄手のしなやかなコートに白のスニーカー。グレイの髪の毛、品のある化粧、目じりのしわも素敵。イアリングがよくお似合いで、おしゃれ上手な人だ。ささっと一瞬のうちに、それだけ見た。待つ間、おしゃべり。こういうのも楽しくて大好きな時間。

 どちらから?
 アメリカ。ペンシルバニアよ。昨日の朝はね、来るのが遅くて列の一番最後だったから、バスの中でも後ろの方で、つまらなかったの。それで、今日は早起きして一番乗りよ。
 あ、そろそろ8時ね。あなた、私のこの場所とっておいてくださる? 夫を呼んでくるわ。彼は足が痛いので、あちらに座って休んでいるのよ。私たちね、結婚してまだ2年なの。Newly wed よ。(と言って茶目っ気たっぷりにウィンク)
 
  ヘェ、こういう年齢の方同士の結婚かぁ。かなりの人生経験を経た二人が、これからの時間をともに暮らす、そういうアメリカ人が多いのは知っていたけど。
    わかりました、と私は足をぱぁの字にして、笑った。

 この女性は Betty Ann Miller (名前まで素敵)、インテリアデザイナーだそう。この日、私が友達になった人。今でも「この間、新しく買った私たちの馬です」なんていう手紙と、栗毛の馬と並んだ二人の写真が送られてくる。
 
 バスに乗る。私は一人で彼女たちのすぐ後ろ、2番目の列に座った。こういうツアーは大体が友達同士か、カップルばかり。一人で参加する人はほとんどいない。
 その時、丸顔の50代くらいの女性が、ブルーの目で私をのぞき込む。
 「ここ、空いてますか?」
 「あ、はいどうぞ」
 わぁ、よかった、となりに座ってくれる人がいたわ!!まずは自己紹介。
 彼女はオーストラリアから来た Sharron Benettだった。

 ツアーの間に彼女とも仲良くなった。
 ランチの時に小さな声でささやく。
 「ね、みんなが食べるところはもう決まってて、そうおいしくないと思うわ。キャンセルして二人で一緒においしいところをさがしましょうよ」

   さ〜んせい。こういうのにワクワクしちゃう人なのです。

 Sharron と一緒に入った Cafe は、ほんとにグーだった。彼女は元プロのバレリーナだったそう。彼女とも写真を交換したりして、今もお付き合いが続いている。シドニーオリンピックの時には、日本人選手の活躍の様子を伝える現地の新聞記事を切り抜いて送ってくれたり、50歳でおばぁちゃんになりました、という写真と手紙をくれたり。

   (来年の春、桜を見に日本に来ることになっている。
   いつか一緒にどこかへ旅しようね、と話すメルトモでもある。)


 多分、これが一人旅の醍醐味。もちろん、ガイドの英語がわからないことなんてしょっちゅう。だから、バスのみんながどっと笑っているのに、私は一人ポカァンということもあるし、たまにわかって笑えることもある。わからないジョークの中には、どうもちょっとエッチっぽいのもあるらしく、Sharon は大笑いしながらも、敢えて説明しようとはしない。ガイドの顔つきをみていればそれくらいはわかる。

 このバスガイドの男性はハイシーズン中、ガイドの仕事が毎日だそうで、声がつぶれていた。マイク片手に説明中、とんでもなく高い声にうらがえったりしてしまう。でもこれがおかしくてバスの客たちは大笑いした。
 彼自身、その自分の声にびっくりしていて、どっと笑われると、憮然としていた。


シェイクスピアの生家。この曲線の家はガイドブックでもお馴染み。

 シェイクスピアの生家は小さな小屋のような家。当時の家庭の道具が並べられ、頭がつかえそうで背を低くしながら、見て回った。私は庭の草花を楽しんだ。彼の時代にも、多分これとあまり変わらないような花が季節を彩ったのだろう。いい雰囲気の家屋だった。
 願わくば、ここは人の列について、見たくはないところだ。静かにゆっくりと散策したい。 行動をともにしなければならない人がたくさんいると、じっくりとモノを鑑賞できないという弱点が、私にはある。気持ちが遊べないのだ。こういうツアーでは仕方がないことだけど。


 2日後には、世界一美しいと言われているリーズ城、カンタベリー、ドーバー海峡。そのまた2日後には、バース、ストーンヘンジへ行った。こういうバスツアーの料金は大体£45〜49というところ。

ストーンヘンジの石群。広々としたところにあるので、私たちは周りをかなり
遠くからぐるりと歩いて見学する。



 ストーンヘンジは以前、ある大学の聴講生をしていた時に英語のテキストで習った。英語で読む古代史はとてもおもしろかった。テキストを訳しながら、その不思議な写真が焼きついた。いつかこの不思議な石が立っているところをこの目で見たい、と思った。
 だから、ロンドンへ行くんだと思った時、あの夢がかなうかもと思った。



         『心に残ったところ、
       見たいと思ったところを心にとどめ、
        行きたいと思うこと。
        それを小さな夢として温めていると、
        いつかきっと叶う』

 
               
これも私の持論。




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