Are you looking for a B&B?
(あなた、B&Bをおさがしなの?)
最初の2日間のホテル住まいの間に、安い「B&B」(Bed&Breakfast= 朝食付きの宿泊所)をさがすつもりだった。だめだったら、手ごろなホテルでもいいや、というなりゆきまかせ。
翌日、地図を片手に、ビクトリアコーチステイションへ行く。そこにツーリストインフォメーションセンターがあるのだ。どこかへ行く時はいつもなのだが、私は大体の場所をガイドブックなどで確認しておいて、近くまで行き、わからなければ手当たり次第に人に尋ねる。それも誠実そうな人に限る。
Yokoちゃんに「ロンドンで人にものをたずねたって、ロクな返事が返ってこないので、不愉快な思いをしたくなかったら、たずねないこと」と忠告をいただいたが、だって私は方向音痴。尋ねないで目的地へたどりつくことなんてほとんど皆無。偉そうに言うことではありませんが。でも私の出会った人がいい人たちであったのか、どの人も一生懸命に教えてくれた。というわけで、この日も4、5人に尋ねまくってやっと着いた。
「ここだな」
黒のバックパックをしょいなおして、深呼吸。
いざ。
中には若い男女のバックパッカーたちが大勢。その数の多さにちょっと圧倒される。何人かが額を寄せ合ってパンフを覗き込み、相談をしている。
フ〜ム、私くらいの年齢のはいないね。奥の方のセンターの窓口に向かって、かなり長い列。「ウヘェ」だ。でも、まぁ、しかたないか、とあきらめて列のしっぽに並んだ、その時だった。
私の左後方から声がした。
“Excuse me, but are you looking for a B&B?
(B&Bをさがしていらっしゃるの?)”
私はふりむきざま、
“Yes”
そこには、鮮やかなピンク色のスーツを来た、私くらいの背の婦人が立っていた。目が合うとにっこり、「あなた、お一人?日本人ね」「ええ」 ちょっと古めの黒のハンドバッグと黒のパンプス。年のころは60代後半か。髪はグレイ、大きなブルーの目は品がよくて、チャーミング。
「Joyというの。よろしく」
まったく偶然の、Joyとのこの時の出逢いが、今回の私の旅をどれほど素敵で、忘れられないものにしてくれたことか。2年以上たった今でも、こうして思い出していると、胸が熱くなってくる。
旅先で話しかけることはあっても、話しかけられることなんてあまりないので、半ば口あんぐり状態の私に、彼女は、少し声を低くして言ったものだ。
「ここで紹介しているB&Bはバス、トイレが共同で、1日£60(12000円)もするのばかりよ。それに、きっと市街地から遠くて不便なところにあるわ。
あなた、私のうちを見にいらっしゃらない? 空いてるお部屋があるの。あら、大丈夫よ。気に入らなければ、やめればいいじゃない。それに私なら£30もいただかないわ。
ね、ここを出ましょ。こっちよ。このバスに乗っていくの。」
えっ、バスに乗る? そんなに遠いわけ? 聞いてないよぉ。
「そのお部屋にはね、女子学生がステイしているの。でも夏休みでうちに帰ってしまったから、今空いてるの。
あ、来たわ。このバスに乗るわよ。16番。覚えておいてね」
ちょっと待ってよ。おばちゃま、スローダウン、スローダウン。
彼女が、上品なわかりやすい英語を話してくれていることはわかっている。
「あのぉ、私あなたを信じていいんですよね」なんて、まぬけなことをたずねたら、Joyはまじまじと私の顔を見て言ったものだ。
「もちろんじゃないの」
さぁて、どうする? Hisayoちゃん。
どうするったって、Joy の後について、もうバスにも乗ってしまって、隣り合わせに座っているわけだし、人が見れば仲のよい友人同士という風情?
えい、こうなりゃ、ままよ。その部屋というのを見て、気に入らなければ、I don't like it. とか、Sorry、とか言って逃げてきちゃえばいいや、と腹をくくる。
Joyは相変わらず、屈託なく、しゃべっている。
「ほら、あれがハイドパークよ、もうすぐスピーカーズコーナーが見えてくるわよ。聞いたことあるでしょ?」 あるある、ムカシの教科書に載ってたわ。
「そりゃ、有名だものね。今日も誰かがスピーチしてるわよ」
「ここがマーブルアーチ。この辺はとても交通が便利なの。私はあと、3日したら息子と3週間ほどイタリアへバカンスへ行く予定なの」だそうで、その3日の間、部屋を空けておくのがもったいないんだと。
このマーブルアーチのことで、後日 Yoko と話したこと。
「パリで、凱旋門というと20以上もあるの。だから結婚前に、○日×時に凱旋門で、と約束した加山雄三さんは大慌てでタクシーとばして、やっとこさ、めぐみさんをみつけたらしいけど。ロンドンで『マーブルアーチ』といえば一つだけだから、かならずここへつれてきてくれるわ」
そうか、それは心強いネ。
Marble Arch 地下鉄の駅名にもなっている何の変哲もない石の門。
これを目印、頼りに歩きまくったので、私にとっては感慨深いものがある。
「私、14、5年前に夫が亡くなってからずっと一人ぐらしなのよ」
インド人のお店がたくさん並ぶ通りで、バスを降りる。エスニックな香辛料が匂う。
「あの大きなカジノが目印よ。さぁ着いたわ。あら、ちょうど息子が来てる」
その息子は大きな荷物を持って、真っ赤なスポーツカーから下りたところだった。
「ワァ、かっこいい車ね」と言うと、彼はうれしそうに私を見た。とてもハンサムな30歳過ぎくらいの青年だった。髪の毛もみなりも清潔。
う〜む、どうも金目当てに
「世間知らずで純情な日本女性」を誘拐しようと企む
「マフィア」でもなさそうじゃん。